シェルターメディスンの目的と基本的な考え方については、『シェルターメディスンつまみ食い~総論~』で触れました。こちらをまだ未読の場合、読んでから本記事を読み進めることをおすすめします。
今回はシェルター内での具体的な管理方法について触れていきます。各シェルターの細かい独自ルールはあってしかるべきだと思いますが、シェルターの目的からブレずに運用するために指針にしてください。
目標
総論でも触れましたが、シェルターメディスンの目標は最重要なのでおさらいです。
- 疾病率低下
- 疾病持続時間短縮
- ストレス軽減
- 譲渡率向上
- 滞在日数の減少
シェルターのリスク
- 動物の出入りが多い
- 過密
- ストレス
- ワクチン接種不足・不明動物
シェルターは特有の空間で、上記の不安要素を避けにくい場所です。そもそも普段と違う環境というだけで動物に多大なストレスがかかり、疾病発症リスクを急増させます。動物の出入りはシェルター内環境が変わることを意味します。常に初めましての人がいる環境って、なかなか落ち着かないですよね。それと同じです。
また、入ってくる動物のワクチン接種歴は不明なことが多いですし、病気に対する感受性も全個体違うため、ハイリスク群として扱うべきです。とにもかくにも、シェルターでの課題はストレス軽減です。
ケージ環境
犬と猫は隔離してください。お互いにストレスを感じたり、気になって落ち着かないだけでなく、感染症(特にBordetella bronchiseptica)予防にも隔離は必要です。
写真にあるような段ボールでも構わないので、隠れられる場所を用意しましょう。
トイレはケージの広さに合わせて小さいものでも構いません。ケージの半分近くをトイレが占めているような大きさでは、トイレの中で寝てしまい不衛生になりやすいからです。猫の全身が入る大きさである必要はありません。トイレ砂も薄く敷く程度で大丈夫です。その代わり、毎日1回以上全取り換えして、ケージ内で砂をあさらないこと。これはコクシジウムの感染対策及びストレスによる猫風邪発生防止に貢献します。
敷物は大きいものを1枚ではなく、小さめのものを何枚か入れるほうがベターです。汚れたものだけスポットクリーニングができることに加え、いつも自分の匂いがついたものが残るからです。大きい1枚だと、掃除の都度新しい別の匂いのものに占拠されることになり、ケージを移動させたようなストレスを感じることが予想されます。
徹底した清掃消毒は不要
実は毎日毎日、徹底したケージ内の清掃消毒は推奨されません。特に入居したばかりの猫のケージは必要最低限の掃除のみ行う「スポットクリーニング」が推奨されます。猫は新しい環境に慣れるのに最短でも2週間は必要です。それまでは猫のストレス軽減のため、できるだけケージ内に手を入れない&構わないことを意識してください。タオルも寝床も、猫が使っているときは無理に取り出さないようにしましょう。よっぽど排泄物で汚れてしまった場合は仕方がないですけどね。清掃は最低限に抑えて、世話や清掃するケージを変更するたびに手洗いとグローブの変更を徹底しましょう。
掃除の都度猫を違うケージに移動しないようにしてください。ケージの移動によるストレスはヘルペスウイルスを排泄リスクの刺激になります。つまり、猫風邪感染拡大のリスクも上がるということです。ケージの移動は最低限にするよう、計画的に収容しましょう。
要注意疾病
特定の疾病は猫の個体管理においては大きな問題になりにくいですが、シェルターでは大きな被害をもたらします。その代表例は、猫の上部呼吸器感染症(猫風邪)と皮膚糸状菌症(カビ)です。
猫の上部呼吸器感染症(猫風邪)
猫風邪にはワクチンがあるため、シェルター入居時には4週齢以降の猫は必ずコアワクチンを接種すべきです。個体管理では8週齢で最初のワクチン接種が通例ですが、シェルターに入る場合はもっと早い時期でも打つべきです。これはWASAVAのガイドラインでも言及されています。
皮膚糸状菌症(カビ)
皮膚糸状菌症もストレス環境下では猛威を振るいます。そもそも治療に1か月2か月単位で時間がかかる感染症です。発生させてしまうとかなり気を遣う必要があるため、特に注意すべき疾患です。人獣共通感染症でもあるため、管理している人への感染も気を付けたいところです。
最も注意すべき3日間
猫はシェルター入居の最初の3日間に最もストレスを感じます。この3日間でどれだけストレスをかけずに管理できるかが重要です。また、この3日間の食欲は猫風邪の罹患率に影響します。嗜好性のいいフードを与え、少しでも食べてもらいましょう。ただし、離乳済み猫の場合食欲がなくても強制給餌はかえって逆効果になりますので、あくまでも自力で食べるよう願ってそっと見守りましょう。食べていないなら食べていないことをしっかり把握することが大切です。猫風邪等感染症の早期発見につながります。
治療より予防
シェルターメディスンに限ったことではないですが、シェルター内では特段予防医療が重要となります。入れない、広げない、すぐ治める。この3点を常に意識することが大切です。ワクチン、駆虫、猫ではFIV/FeLV検査と隔離は必須項目です。
慢性疾患の治療よりも予防医療が優先されるべきです。慢性疾患は根治できず、費用対効果が低いためです。特定の個体の慢性疾患の治療を希望する場合、個別管理に切り替える(シェルターから出す)ことが必要となるでしょう。ただし、慢性疾患の治療コスト(費用、場所、人手、時間)で、他の多数の動物の命を救えることは忘れないでください。
治療
治療に関してはシェルターメディスン獣医師の診断のもと実施されるので、具体的には記載できませんが、少しつまみ食い感覚で言及しましょう。感染症が発生した際は、素早く罹患個体把握が必要です。例えば猫風邪は、ある程度症状が重度でなければ治療対象ではありません。きれいな鼻汁、くしゃみ、流涙、微熱程度であれば経過観察です。ストレスによる下痢・嘔吐に抗生剤は不要です。病気は早く治めなければなりませんが、過剰な治療はかえってストレス負荷になり、治療を遅延させる恐れもあります。その治療よりもコアワクチン接種が優先されます。
これだけでも、個別診療との違いがはっきりします。ストレスが原因と判断するのは実はとても難しいことですが、その見極めが大切です。それくらい特殊な分野なのがシェルターメディスンです。
まとめ
ストレス軽減と何度書いたかわかりません。それくらいシェルターメディスンでは重要な目標です。シェルター内の動物の不調もストレスに起因するものがほとんどです。とはいえ、あまりムキになって意識していると、そのストレスが伝わってしまうかもしれません。入って来たばかりの動物に対してはその状況把握だけはしておき、あとは放っておくくらいの気持ちでいましょう。これらの徹底管理が病気の予防、馴化期間短縮、滞在期間短縮につながり、よりよい譲渡が可能になります。シェルターメディスンを知らずに個別管理をしていても9割以上はうまくいくでしょう。そのため、今までのやり方でいいと思うことは簡単です。しかし100回に1回、いや1,000回に1回、万が一かもしれませんが、失敗した場合は甚大な被害になります。そしてその被害を被るのは動物です。これを機に、日ごろの管理を見直してみてはいかがでしょうか。
なにか困りごとがあった場合、特に医療判断はシェルターメディスンに明るい獣医師に相談しましょう。個別管理をしていてシェルター内に甚大な被害が出てしまった!なんてことががないようにシェルターメディスンを実施し、安定したシェルター運営を目指しましょう。
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