ワクチン接種はその動物の生活環境によって推奨されるプログラムが異なります。この記事では世界小動物獣医師会(WASAVA)が示すガイドラインに沿って、高リスク猫と低リスク猫に分けてワクチンプログラムをまとめています。
この記事のまとめ
- 3種ワクチンは高リスク猫で年1回
- 低リスク猫は3年おき
- 子猫は3~4回、生後半年または1年でもう1回
- 接種歴不明の成猫は2回接種
- ノンコアワクチンは年1回
- TNR時にコアワクチン接種推奨
- シェルターは入居時にコアワクチン即接種
リスクの分類
ガイドラインでは猫の生活環境により、高リスクと低リスクに分けています。高リスク猫とは、地域ねこを代表する外猫、室内外を出入り可能な飼育猫、多頭飼育、ペットホテル利用猫などです。低リスク猫は、単独完全屋内飼育でペットホテルも利用しない猫のみ。となると多くの猫が高リスク猫に分類されることでしょう。高リスクと低リスクで後述するワクチンの接種頻度が変わります。
ワクチンの種類
コアワクチン
- 猫ヘルペスウイルス1型(FHV-1)
- 猫カリシウイルス(FCV)
- 猫汎白血球減少症[猫パルボ](FPV)
コアワクチンは全猫に推奨されるものです。3種混合ワクチンといえばこの3種のことを示しています。つまり3種混合ワクチン=コアワクチンです。ヘルペスウイルスとカリシウイルスはいわゆる猫風邪や口内炎の原因ウイルスです。パルボは消毒しづらく、感染力が強く、致死率も高い、最も恐ろしい感染症のひとつです。多頭飼育やシェルターに1度入ったら大打撃を受けます。環境中でウイルスは1年以上感染力を維持することがあります。感染動物がいた施設は汚染されていると考え、徹底的な消毒が不可欠になります。以上のことからこれら3種のウイルスに対するワクチンは非常に大事かつ、接種する意味が大いにあるとしてコアワクチンとされています。
ノンコアワクチン
- Chlamydia felis(クラミジア)
- 猫白血病ウイルス(FeLV)
- 猫エイズウイルス(FIV)
ノンコアワクチンとは、感染する可能性がある猫には接種すべきワクチンです。他の猫と接触がなければ不要です。
クラミジアは結膜炎を起こす感染症です。ヘルペスと症状が似ていて、ぱっと見での判別は難しいです。感染猫の涙や鼻汁に多く含まれ、それを介して感染が広がります。
猫白血病、猫エイズについて、詳しくはこちらの記事
非推奨
伝染性腹膜炎[猫コロナ](FIP)
猫コロナ陰性の猫にのみ接種すべきワクチンです。しかし、16週齢以上の猫の大半がコロナを持っているようです。よってワクチン接種は非推奨とされています。
頻度
コアワクチン
子猫のコアワクチン接種スケジュールは表のとおりです。「2回目は4週後」が通例となっているため、その場合は右側の黄色枠のとおりです。重要なのは、16週以降で1回、生後半年か1年でもう1回接種することです。
パルボウイルスのワクチンは子猫なら上記の規定の回数、成猫なら1回接種することで強固な免疫を期待できます。強固な免疫は一度獲得すると、何年もの間持続されます。ゆえに、パルボウイルスワクチンの成猫の接種頻度は3年に1回でいいとされています。
ヘルペスウイルスとカリシウイルスのワクチンは完全な感染防御を期待できません。免疫の強さも持続期間もパルボのそれと比較すると不完全なものです。本当に強い免疫を期待できるのはワクチン接種後3ヶ月程度です。そのため高リスク猫は年1回の接種が推奨されます。不完全ながらも長期間免疫は継続されますので、低リスク猫は3年に1回の接種で構いません。ただし、繰り返しますが、低リスク猫とは単独完全屋内使用です。これに当てはまらない場合、毎年接種してください。
ノンコアワクチン
クラミジアのワクチンは9週齢から、やはり4週あけて2回目の接種が推奨されます。クラミジアの症状がある猫が近くにいる場合、継続して年1回の追加接種をすべきです。ただ、症状をぱっと見てクラミジアかヘルペスかの判断は難しいです。そのため、シェルターや多頭飼育環境では年1回の接種をおすすめします。
猫白血病ワクチンは子猫に対し8週齢で1回、4週後にもう1回接種、そしてその1年後に接種が推奨されています。その後も白血病感染リスクが高い場合、2~3年に1回の接種継続が推奨されています。
猫エイズは成猫であっても初年度3週間おきに3回接種が必要です。以降も感染リスクがある場合は年1回接種を継続する必要があります。
現状とガイドラインのギャップ
推奨接種頻度をまとめるとこんな感じです。
高リスク猫(外飼い、多頭飼いなど低リスク猫以外)
- パルボ→3年おき
- ヘルペス→毎年
- カリシ→毎年
- エイズ→毎年
- 白血病→2〜3年おき
- クラミジア→毎年
低リスク猫(完全室内単独飼育)
- パルボ→3年おき
- ヘルペス→3年おき
- カリシ→3年おき
- エイズ→不要
- 白血病→不要
- クラミジア→不要
そして、日本で販売されているワクチンは以下のとおりです。
お気づきかと思いますが、毎年打つべきワクチンと、数年に1回で十分なワクチンがひとつのワクチンに混合にされています。例えば、単体のパルボワクチンは存在しません。結果的に高リスク猫の3種混合ワクチンは毎年接種が推奨されることになります。クラミジアは毎年予防したい場合、5種混合ワクチンを選択することになり、毎年は接種は不要なはずの白血病ワクチンも同時に接種する必要があります。
なぜこのようなギャップが生まれてしまうのでしょうか。それは、ワクチンの製造コスト(費用と時間)の問題だと思います。ここからはあくまで私の予想も含まれますので、事実と異なる可能性があることを先に謝っておきます。
ガイドラインにあわせてワクチンを組み替えることは、単に組み換えるというより作り直すという方が近い作業になると思います。ABCの3種混合ワクチンは、単にAとBとCを足せばOKではありません。組み合わせることによって生まれる弊害をチェックし、直して、治験して、商品化しているはずです。コーラもメントスも好きな人が、どっちも一緒に飲んだらひどいことになるのは想像できますよね。メントスコーラはあまりにも有名ですが、それがわからないのが新薬開発です(新しいワクチンを開発ではないから新薬というのは不適切かもしれませんが)。メントスを口で溶かしてからコーラを飲めばある程度大丈夫。これを薬で証明しなければならないのです。そのため費用も時間もかかります。医療は日進月歩です。コストをかけて開発して流通した頃にガイドラインが変わっているなんてことはザラにあります。実際、このWASAVAのワクチネーションガイドラインも2015年の改定で猫エイズウイルスワクチンを非推奨からノンコアワクチンに変更しています。勿論、標準医療やガイドラインにできるだけ合わせた薬やワクチン開発は必要ですし、製薬会社も努力しています。しかしご存知のとおり新薬は高価です。毎年必要なワクチンに今の何倍もの値段を払えますか?やはりそれは現実的ではありません。一部の人は払えるかもしれません。しかしワクチンの特性上、多くの猫が打つ必要があります。全体の10%だけ打っていても感染症防除としては意味がないのです。
副反応
アナフィラキシーは少なからず発生します。が、猫は犬に比べて発生頻度は低いと言われています。
猫はアレルギーの他に注射部位肉腫という「しこり」が問題になることがあります。このしこりは組織に深く浸潤していくため手術で摘出しなければならないこともあります。そのため、注射部位は尻尾、四肢が選択されます。これはしこりができたときに切り落としやすい部位です。割り切った考え方ですね。日本では側腹部に打つ先生が多いようです。このしこりが発生しやすいワクチンはある程度判明しています。ワクチンの効果を高めるアジュバントという物質が入っている不活化ワクチンです。現状で該当するのはエイズワクチンのみです。
このような情報を知るとワクチンは怖いイメージを持ってしまうかもしれません。しかし、このリスクより猫が命に関わる感染症を予防できるというベネフィットが優ることが明らかなので、ノンコアワクチン(リスクあるなら打つべし)に分類されています。そりゃそうですよね。一生発症の恐怖と戦い、発症したら命に関わる不治の病より、ごく稀に発生しても治療可能なしこり。どっちがいいですか?
TNR時のワクチン(地域猫・野良猫)
地域猫や野良猫は手術を実施するときに捕獲しますが、それ以外で捕獲することは稀です。中には人馴れしている猫もいますが、そのような猫でない限りワクチン接種の都度、捕獲することは現実的ではありません。では、1度きりであってもワクチン接種をすべきなのでしょうか。答えはYESです。
これはパルボウイルスの予防を期待してのことです。先に記載したように、パルボウイルスに対するワクチンは、特に成猫であれば、非常に強力で長期間の効果が期待できます。猫がバンバン死ぬ病気でもあるため、TNRや地域猫活動の実施にあたって最も恐れるべき感染症です。「猫の減少を目的とした地域猫活動なんだから、その方がいい」という極端な考え方は置いておいて、その地域猫が被害を受けるだけで収まらない可能性があります。例えば、活動をしている方が別途保護中の子猫にまで感染が及んだり、外猫を手術した動物病院まで汚染される可能性があります。以上のことから、TNR時のパルボウイルスワクチンだけは実施すべきなのです。パルボウイルスのワクチンを打つとなると、必然的に3種のワクチンを選択することになりますが。
At the time of alter for a feral cat it is recommended to give an FVRCP and rabies vaccine.
https://www.uwsheltermedicine.com/library/resources/what-is-recommended-for-tnr-programs-and-management-of-community-cats
シェルター猫へのワクチン接種
シェルターに入る猫は当然高リスク猫です。そのため、最低でもコアワクチンは入居時に即接種が推奨されています。4週齢以降のすべての猫です。つまり離乳期の幼猫であってもシェルター入居時には接種すべきなのです。さらに、可能ならば2週間おきの接種と記載しています。これはかなり経済的にも労力的にも負担がかかります。徹底できるシェルターは限られていると思いますが、徹底した管理のためにはここまで推奨されていることは覚えておいて損はありません。
「そんな小さな猫にワクチンを打って大丈夫なの??」
当然の疑問です。ワクチン接種、特に小さい幼猫への接種は、負担が大きいのも事実です。しかし、シェルターは群管理です。極端な言い方をすると、その幼猫がワクチンで万が一命を落としたとしても、シェルター内の多くの猫にパルボ、ヘルペス、カリシウイルスが感染、蔓延してしまうことを予防する方が大切なのです。「こんな小さい猫にワクチン接種は可哀想」という気持ちでワクチンを打たずに入居させた1頭が原因で、先住猫がバタバタと死んでいったら、後悔してもしきれません。
理屈はわかるけど、どうしても心情の整理ができないという場合は、ワクチン接種が安全にできる月齢まで一時預かりボランティアさん等に預かってもらいましょう。ワクチンを打てる月齢になったら、その時初めてワクチン接種し、シェルターに迎え入れることで、極端な幼猫へのワクチン接種は免れます。
まとめ
昨今ではワクチンは3年おきでいいという話がだいぶ広まりました。しかし、解説したように3年おきで済む猫はごく一部の低リスク猫のみです。低リスク猫であっても、盆や正月など人の出入りが激しい環境の変化は、猫にとってストレス環境になります。つまりそのイベントの前にはワクチンを接種すべきと個人的には考えています。紹介したガイドラインから抜粋して3年おきという話は広がる一方ですが、本当にそれでいいのか、今一度確認が必要です。また、ワクチンだけで予防すると考えるのではなく、その症例、その環境に合わせたワクチン以外の感染症予防対策も同様に重要であることを忘れてはいけません。