犬猫の不妊手術には主に2つの方法があります。
卵巣だけを取る『卵巣摘出術』と、卵巣だけでなく子宮も取る『卵巣/子宮摘出術』です。
猫の保護や地域猫活動に長年携わっていても知らない人がいるようです。一般の飼育者ではもっと認知度が下がるかもしれません。
当院は猫を中心にやっていますので、ここでは猫の不妊手術の術式による違いについて解説します。
どちらが優れているではなく、どちらもメリット/デメリットがあります。
手術を依頼する方は、ぜひそのメリット/デメリットを理解しましょう。
メリット/デメリット
費用
ご存じのとおり、動物医療の価格は自由に決めることができます。多くの病院で実施されている不妊去勢手術ですが、病院によって少しずつ手技が異なります。術式、使う麻酔薬、助手の人数、入院日数、など。これらによって上下するのが手術費用です。
その費用を決める要因のひとつとして、術式があります。
卵巣摘出術の方が安価に設定されている傾向にあります。
とはいえ、卵巣/子宮摘出術を実施している当院も、ホームページに記載の値段でやっていますので、どちらかというと卵巣摘出術のほうが安い傾向にあるというだけです。
スぺイクリニック同士で比べても、卵巣摘出のみのA病院よりも卵巣/子宮摘出のB病院のほうが安いこともあるかもしれません。
時間
卵巣摘出手術は子宮も取る卵巣/子宮摘出術に比べ、短い時間で済みます。
皮膚を切ってから、皮膚を閉じるまで手術時間は、卵巣摘出術は10分程度と聞いています。当院の卵巣/子宮摘出術は13分程度です。
この数分の違いをどう捉えるかは難しいところです。
一度に何十頭もの手術をする場合、ちりも積もれば山となりますが、数分短縮のために他のデメリットを無視できるというのは判断が早いです。他のメリット/デメリットも見てみましょう。
当然ですが、手術時間は獣医師の手技による部分が大きいため一概には言えません。
侵襲性
卵巣摘出術のほうが傷が小さいという人もいますが、実はほとんど変わりません。特に未発情の早期不妊手術では、全く同じです。(写真右は当院の手術跡。もう少し尾側を切ればよかったと反省した個体…そんな写真使うなw)
妊娠中もしくは子宮の病的変化がない限り、子宮より手術器具のほうが幅があります。
傷の大きさ=器具が出し入れできる大きさで、1~2cm程度です。器具はどちらの手術も同じです。
つまり、傷の大きさは同じになります。
メリット/デメリットではないですが、卵巣/子宮摘出術の方が傷は尾側になります。
また、手術の痛みの評価も特に変わりはありません。
合併症
基本情報として覚えておいて欲しいですが、卵巣を摘出すると卵巣から出る性ホルモンが減ります。このホルモンが激減することで子宮を維持することが難しくなるため、理屈上、自然と子宮も退縮するといわれます。
妊娠子宮を残して卵巣だけ摘出しても、胎児は吸収されるか流産するようです(動物福祉的にはよろしくないですが、妊娠維持にも卵巣が必要だということ)。
ただ、数か月後に本当に子宮が退縮したか、わざわざお腹を開けて確認することはできません。
実際、犬では卵巣摘出術後6か月後でも子宮が完全に退縮していなかった報告があります。これは子宮にもホルモンの受容体がわずかながら存在したことが要因と言われています。
以上を踏まえた上で合併症について説明します。
卵巣遺残症候群
妊娠
手術により卵巣をわずかに取り残してしまったり、卵巣を完全に切除しても猫では副卵巣という卵巣に近い組織がある場合があります。
これらが原因で発情兆候が見られることを卵巣遺残症候群といいます。これはどちらの術式でも起こりえるリスクです。
しかし、卵巣摘出術の場合、手術後に妊娠する可能性が少なからずあります。飼い主のいない猫では、これが大問題になりえます。これは飼い主のいない猫では大問題です。逆に、卵巣遺残症候群が発生した場合でも、子宮も取っていれば妊娠出産はできません。
更に、妊娠初期で妊娠に気が付かないケースでは、卵巣を取り残したり副卵巣がなくても、卵巣摘出術では流産をさせることになったり、稀に妊娠が維持され出産することも想定されます。
子宮蓄膿症
子宮蓄膿症は代表的な子宮疾患です。
結論からいえば、研究報告上、どちらの術式でも子宮蓄膿症の発生率は変わりません。卵巣だけでも取れば子宮は退縮しますし、子宮も取ればより確実に予防できます。
が、やはり卵巣や副卵巣が残ってしまった場合、発生リスクはあります。
このようなことから、卵巣摘出術後の子宮蓄膿症は、一種の卵巣遺残症候群といえるでしょう。
子宮蓄膿症も、子宮を一緒に摘出していれば予防することができます。
その他子宮疾患
卵巣摘出術では、子宮をお腹の中から外にひっぱり出すことはありません。そのため子宮の状態が確認できません。
すると、子宮蓄膿症だけでなく、子宮内膜過形成、子宮水症、子宮腫瘍など、子宮を摘出した方がいい症例(治療のための卵巣子宮摘出術が勧められる症例)を見逃す可能性があります。
もちろん、卵巣摘出術でも確認しようと思えばできるのですが、時間短縮をメイン目的にしているため、毎回しっかりと子宮まで確認することができるかはよくわかりません。
幸運にも子宮疾患に気づくことができ、卵巣/子宮摘出術に変更した場合、結局傷を2~3倍に広げることになります。
傷が大きいことのデメリットは、外にリリースする場合、感染や傷の裂開が心配という点です。
一方で、臓器や出血をしっかり確認しながら手術を進めることができるため、一概に傷が小さいほどいいというわけではありません。
リリース後のことを考えると小さいほうがいいので、小さい傷でやってますが。
長期的目線の合併症
泌尿器疾患、結紮部位の腫瘍発生など、長期間で気にするべき合併症はどちらの術式でも同等との報告が出ています。
結論:子宮も取るのが吉
現在のところどちらが優れた術式であるかはっきりしません。どちらにも特徴があるということは理解していただけたと思います。
ただ、唯一言えることは「猫のため」というより「猫を管理するため」という目的である地域猫やTNRなどの飼い主のいない猫対策の場合、卵巣/子宮摘出術で不妊化をより確実なものにするのが吉というのが、当院の考えです。
わずかな可能性への対策コスト
一方で、わずかな可能性をつぶすために多くのコストをかけることは、特に群管理の場合不適切です。何が言いたいかというと、わずかな可能性の妊娠や子宮疾患を避けるために、全頭子宮まで取る必要があるのか?と問われると、そこはわかりません。
0.1%の確立で、手術済みの子が出産したり、子宮疾患で亡くなってしまっても、それは我慢して目をつぶるしかないと言われれば、それまでなのは確かです。
それを否定してしまうと、最初から1頭何万円もかけてやる一般の動物病院における個別管理の手術しか勝たん。になってしまいます。
目的はあくまで、全頭、もしくはその群への高強度の手術実施です。目的達成のために適切な手段を選ぶことは忘れてはいけません。
そのコストは時間で言えば1頭あたり数分なので、そんなに高いコストにはなりません。繰り返しになりますが、当院はこのコストならかけるべきと判断して、卵巣/子宮摘出を行っています。
まとめ
今回ふたつの方法について解説してきました。
自分が依頼している病院はどちらの手術を、どういう理由でやっているのか確認してみてはいかがでしょうか。
また、執刀する獣医師はインフォームすべきです。スぺイクリニックや一次診療動物病院では最も頻繁に行う手術で、そこまでインフォームするのを忘れてしまっている先生もいるかもしれませんが、大事なことです。
当院は手術前に必ず説明をしています。
これから先、術式を変更するほうがいいと判断するケースにあうかもしれませんし、新たな研究が報告により、基本術式を変える日が来るかもしれません。
もっとも身近な不妊手術の術式だけでも、これだけ奥が深いんです。
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