愛護団体や災害時のシェルターにおける医療は、町の動物病院が実施している個体管理、つまりその子にとってベスト医療の提供、とは異なる点があります。普段から保護・譲渡活動をしている方はこの概要を知っておく必要があります。シェルターメディスンの概要を理解したうえで、自分の活動環境にあった医療はなにかを再考してみてください。
シェルターメディスンとは
シェルターメディスン(Shelter Medicine)は直訳するとShelter=保護、避難場所、多頭飼育現場における医療のことです。日本語では「群管理」と意訳することもあります。一般的な個別管理の医療とは異なる選択がベストになることも多く、確固たるエビデンスに基づいて確立された別分野の医療と言えます。実はシェルターメディスンは「群管理」というだけあって、医療そのものに留まりません。動物の取り扱いや消毒、はたまたシェルター外の、シェルターに入ってきそうな動物、出ていった動物、そしてその地域衛生管理にまで発展するものです。
群管理
生産動物の管理について知識がある人は想像しやすいと思います。100頭いる牛舎でいかに効率よく生産するかを考えた管理です。これを聞くと、生産動物の扱いはひどい!そんな管理したくない!と目を逸らしてしまう方が一定数いますが、感情的にならずに最後まで読んでいただき群管理を理解していただけたら幸いです。なぜなら、シェルターでは群管理が最善であるのですから。そして、ひどい扱いというイメージは群管理の一面でしかないので、そこを理解してもらいたいと思います。
犬猫のような伴侶動物では生産動物とは異なり、生産性は関係ありません。伴侶動物の群管理は、一頭でも多くの命を救うことを目的とした全動物にとって最も有効な管理です。そこに介入する獣医療がシェルターメディスンです。確かに辛い選択を迫られることはあります。特定の一頭にとっては最適でない医療になるケースも出てきます。小動物病院の臨床獣医師やペット飼育歴が長い方にとって違和感を覚えることも多いでしょう。しかし、群全体の健康面を含めた生活の質(QOL)を向上させることで、一頭一頭それぞれのQOLが向上します。一頭でも多くの命を救うための管理であるという目的を見失わずにやることが、なによりも多くの命を救うことにつながります。
目標
- 疾病率低下
- 疾病持続時間短縮
- ストレス低減
- 譲渡率向上
- 滞在日数の減少
病気を持ち込まない、持ち出さない、すぐ治める。そのためのストレス低減。これは共通の目標です。譲渡率向上と滞在日数の減少はシェルターによって目標としない場合もあると思いますが、あくまで群管理の目標として記載しています。このふたつを実現することで、また新たな猫を受け入れ譲渡するためのコストが捻出できるため、群管理として目標に挙げるべき項目です。いくらシェルターメディスンを頑張っても、動物にかかるシェルター内ストレスは個体管理のそれに敵いません。早く卒業させてあげることは意識してあげましょう。
シェルター内での具体的な方法はシェルターメディスンつまみ食い~管理編~を参照してください。
有効な例
猫の100頭の多頭飼育崩壊で全頭収容し、譲渡を目指すとします。捕獲、収容、FIV/FeLV検査、ワクチン接種、不妊去勢手術等が必要です。その中でも手術だけに焦点を当てて話を進めましょう。手術にはコスト(時間、人手、費用)がかかります。わかりやすく極端な例にしているので悪しからず。
一般的な動物病院において個体管理での手術をした場合、執刀医、助手、麻酔管理の計3人が携わり、1日に3頭手術可能、料金が1頭3万円、その猫が手術で亡くなる確率が1%だったと仮定します。
一方でコストを抑えたスペイクリニックでの一斉手術の場合、執刀医含めスタッフ10人で、1日30頭の手術、1頭1万円で周術期死亡率が3%だったとします。
この条件で、100頭の猫を救いだし、不妊手術をしましょう。すると下のようになります。
群管理では、個体管理と比較して2頭も多く猫が死んでしまうことになりました。しかし、200万円もの費用、29日もの時間を削減することができました。人手は1日3人と10人で個別管理のほうがコスト低く見えますが、必要人数に日数をかけた「人日」計算(人件費の計算でよく使われる)にすると、一斉手術は59人日もの人手が浮くことになります。
この削減できたコストは、シェルターにおいて手術以外のコストに充てることができ、救われた猫のQOL改善と適正な譲渡に有効利用できます。他の現場のレスキューに使うこともできます。一斉手術で亡くなった+2頭には申し訳ないですが、その2頭を生かすためのコストは、次に他の何頭もの命を救うことにつながるのです。
予算が限られている場合
この例題、そもそも予算が150万円しかないとしてみましょう。こちらの方が現実味を帯びている気もします。個体管理をしてしまうと半分の50頭しか手術ができず、残りの50頭は手づかずになってしまいます。これでは目的を見失っています。本末転倒です。
群管理の考え方を理解してもらうために極端な例を挙げましたが、現実的には様々な要因が絡みます。周術期死亡率はもっと低いですし、一般の動物病院で個別管理するより、とあるスペイクリニックでの手術のほうが死亡率が低かったという調査報告も記憶しています(スミマセン出典見失いました)。人手はボランティアであれば人件費はかかりませんが、必要な人日が多いほど確保が難しくなります。数頭ずつしかできないからといって全頭収容まで時間がかかれば、手術関係なくそれまでに亡くなる猫もいるでしょう。結局のところ、迅速かつ低コストで実施することが群管理では優位になります。手術であればシェルター内で順番を待って数頭ずつでいいかもしれませんが、ワクチンや駆虫等はより迅速に実施する必要があり、これと同じ理屈により救われる命が増えることになります。
3頭も死ぬなんてひどい医療だ!!ではありません。97頭を救う医療です。
100頭救う必要がある状況で個体管理をやっていたら50頭放置することになります。50頭救って残りの50頭に目を向けないのは、この場合不適切です。医療の良し悪しではなく、目的が異なるということです。
白か黒かではない
個体管理vs群管理の比較をしてみました。例題を挙げてまで説明したのは、群管理の有効性を理解してもらうためです。ここで説明しておきたいことが二つあります。繰り返しになる点もありますが重要なので改めて言及します。
- 一方が優れている医療というわけではない
- シェルターでも群管理に全振りする必要はない
ひとつめの「一方が優れている医療というわけではない」というのは、すでに理解していただいていると思います。特定の個体を全力で助けるための個体診療。群全体を見て群全体の利益を最優先し、難しい個体は見切ることもあるシェルターメディスン。それぞれ目的が違うため、医学的判断と提供医療も異なります。どちらが良いかは目的次第ですので、個体診療しか知らない方がシェルターメディスンをバカにするのは無知です。逆に、あそこは料金が高い!野良猫やってくれない!と町の動物病院に文句をいうのは無礼です。
もうひとつの「群管理に全振りする必要はない」は、主に保護活動をしている方へのメッセージです。いくら群管理がより多くの命を救うことになると頭ではわかっていても、辛い場面は避けられません。常に辛い思いを抑え込んで100%シェルターメディスンを徹底してしまうと、ご自身の気持ちが持ちません。時には特定の個体を特別扱いしてあげることも全然ありだと私は思います。シェルターとは分ける必要がありますが、たまには許容することがないとメンタル的に活動の継続が難しくなってしまいます。ご自身の活動の継続はより多くの命を助けますよね?それなら是非、シェルターメディスン担当獣医師と相談のうえ、個体管理を実施してもいいのではないでしょうか。群管理に全振りする必要はありません。できることをやり、できないことは無理しすぎないようにしましょう。(シェルターメディスン獣医師は常に群利益優先の提案をしなければなりませんけどね…サイコパス‼‼)
シェルターメディスンの社会的意義
ここまでシェルター内の動物を中心に話を展開してきました。実はシェルターメディスンはそれだけに留まらず、地域の動物全体が対象です。
災害時のシェルターは言わずもがな、社会的意義が大きいものです。普段大切に飼われているペットであっても災害時シェルター内ではシェルターメディスンが適用されます。災害でペットを失った場合、心的外傷は大きなものになってしまいます。一方で心的外傷の回復はペットがいる方が早いという研究もあります。つまりシェルターメディスンは、まさに飼い主さんに寄り添う社会的意義の大きい獣医療になります。
シェルターに入ってくる動物への対応は、不適正飼養や動物虐待の早期発見となります。それぞれ多頭飼育崩壊やDV、凶悪犯罪への発展予防に貢献できる可能性があります。
シェルターから出ていく動物に関しては、感染症持ち出し予防等の適正譲渡に貢献します。適正譲渡が徹底されていない場合、譲渡先での人と動物の共生に大きな衝撃を与えます。感情論だけでなく、公衆衛生上も問題です。更に動物のシェルターへの出戻りにつながることも想定されます。
最後に
シェルターメディスンはできるだけ多くの命を救うことを目的にした管理方法です。「なかなか自分には受け入れがたいな」と思う方がいるのも当然です。個人で保護活動をされているような方にとっては、1頭ずつ丁寧に保護する個体管理のほうが適している場合もあります。活動には必ずキャパシティがあり、無理してでも動物を保護することは一番危険なことだからです。
ただ、目の前の動物を助けて個体管理をしたその裏に、目につかず放置された動物がいることは事実です。そこまで目を向けて群管理をしている団体や獣医師がいます。その点を理解し、頭の片隅に置いておいていただければ、とてもうれしいです。犬猫の群管理が必要ない社会を目指して。
この記事へのコメントはありません。