『地方病を語り継ごう』所感

日本住血吸虫の歴史を忘れることなく語り継ぐべく制作された本書。

寄生虫そのものに興味がなくても、現代の問題との共通点を見出し、連想して現代ならどうだろう?と想像を掻き立たせる本です。

私自身はアカデミックな人間ではないですが、研究だけでなく、様々な記録の大切さ、それを後世に伝える義務感を改めて認識させてくれた本書は、戦争の語りべを連想させるものでした。

一読の価値ありですので、軽く紹介したいと思います。

音声解説はこちら

日本住血吸虫とは

original image by the Centers for Disease Control and Prevention (CDC),translation by Hisagi – http://www.dpd.cdc.gov/dpdx/images/ParasiteImages/S-Z/Schistosomiasis/Schistomes_LifeCycle.gif→ File:Schistosomiasis Life Cycle.jpeg → File:Schistosomiasis Life Cycle.png → this file, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=17002344による

日本住血吸虫は、水中に入った人やその他哺乳類の皮膚から寄生虫の幼虫が侵入して感染します。感染した人は、最終的に腹水が溜まり死亡します。そして、哺乳類の便から虫卵が出て、水中でミヤイリガイという淡水の巻貝に寄生します。ミヤイリガイの中で寄生虫が育ち、再度水中に遊泳して哺乳類に感染するといった生活環を持ちます。

かつてわが国にも、甲府盆地をはじめ、九州の筑後川流域、広島県片山地方、静岡県富士川流域などに、日本住血吸虫症の幾つかの流行地が あった。しかし、中間宿主となる宮入貝の対策を中心に撲滅計画が進み、感染者数が大幅に減少した結果、1976年を最後に、国内で日本住血吸虫に新しく感 染した例は報告されていない。

国立感染症研究所HP

日本住血吸虫が育つためには、ミヤイリガイを経由する必要があるので、ミヤイリガイを駆除して寄生虫の撲滅に成功しました。

体験記

この本では日本住血吸虫の主な流行地であった甲府における記録や体験談を記載しています。

地方病にかかった人、その家族の方の体験記の章から始まります。それぞれは短めですが、多くの方の体験が描かれているので、その時の情景が鮮明に浮かんできます。

最期は腹水で腹が膨れ苦しんだり、腹水を抜いて一時的に楽になっても徐々に弱って死んで行ったり、腹水抜去は3回やると死ぬといわれていたり、本当に3回目の抜去後に亡くなったり。

治療についても記載があります。今でこそいい駆虫薬があるものの、当時の治療は、静脈注射を20回というものでした。治療法があるだけマシですが、治療だけでも結構辛いですよね。

この体験記だけでも、語り継がなければならないと感じ、なんとなく戦争のそれと似たような印象を持ちました。

川や田んぼに素足で入ることが原因とわかっていても、予防しきれない当時の状況も記載されています。

田んぼを手伝わざるを得なかったり、子供に川遊びをするなと言っても、言うことを聞けなかったり。

田んぼで作業する人全員分の長靴を用意できない経済状況などもあったのかもしれません。

環境整備

ミヤイリガイの撲滅が日本住血吸虫の撲滅につながるので、当該地域ではミヤイリガイ対策をしました。

水路のコンクリート化、殺貝材(さつばいざい)が主な対策として結果を出しました。

いずれも巻貝であるミヤイリガイを殺して減らすものですが、同時に他の巻貝も減らすことになります。

その代表が、カワニナです。カワニナは蛍のエサになるので、蛍がいなくなりました。つまり、日本住血吸虫対策によって蛍も激減したことになります。

コンクリートで整備された水路を見ると、生物好きな私は呑気に「つまらないな」と思ってしまいます。やはり整備されていない土の水路のほうが生物が豊富だからです。

しかし、コンクリート化されている理由のひとつに日本住血吸虫の撲滅があることを知った以上、これからは単にがっかりするだけでなく、日本住血吸虫の影を少し思い出すことになりそうです。コンクリート化はやめろ!と大声で主張することはできなくなりますね。

ホタルを減らしてしまった地域でホタルを復活させたいと思い、ホタルを放流している人たちがいます。復活させたいと思うことは自然ですし、中には日本住血吸虫撲滅の被害者としてホタルを認識し、ある種報いのような想いでホタルの復活に向けて動いている人もいるかもしれません。

そんな人に「放流はよくない」とだけ言うことはせず、背景を理解したうえで、現在でも推奨できる方法を模索できるといいなと思いました。

対策資料の重要性

目黒寄生虫館には、多くの寄生虫の標本もありますが、それと同等の価値のある記録資料が保管されています。

特に当時の自治体や教育委員会の対策は行政文書として記録されています。これらを廃棄される前に全国からかき集めているといいます。

行政文書は保存期間が設定されていて、保存期間が過ぎると廃棄されます。重要なものは廃棄されないのですが、寄生虫対策のひとつでしかない資料は、行政職員によってそんな大切ではないと判断される可能性があります。

寄生虫対策や公衆衛生の専門家からみると超重要な記録なのですが、それが捨てられてしまうのです。これを捨てられないように集めているのが寄生虫館であり、日本住血吸虫については、この本にまとめられているのです。

専門家がいない行政に眠る重要資料を残す大変さは想像を絶しますが、それを何とか形にして語り継いでくれる本書はとても貴重なものだと思います。

最期に

日本住血吸虫は大昔の病気ではありません。日本の最後の症例もわずか50年前。

本書を読んで生物の多様性と病気の多様性は表裏一体であると強く感じました。病気を減らすと生物も減る(寄生虫も生物ですがそこはややこしいので許して)。

近年では温暖化の影響で日本も亜熱帯化していて、熱帯性の感染症の流行も危惧されています。

新たな感染症の流入を防ぐためには、流行地域における知見を学び、対策をする必要があります。

そのために、資料があります。

その対策のために、科学があります。医療があります。ワクチン、適切な抗生剤の使用なんかはその代表例だと思います。

今の時代なら、病気を減らして、生物多様性を保つための対策が一昔前より豊富です。しっかり予防できるものは予防していきましょう。

本書を読みたい人へ

この本は目黒寄生虫館もしくは昭和町教育委員会のいずれかでしか買えません。amazonなどでは買えませんので、もし興味を持った方はいずれかから購入してください。

目黒寄生虫館は、日本住血吸虫だけでなく、寄生虫の標本、そして今回とても大切だと改めて認識させられた対策等の資料を集め、保管し、次世代に語り継ぐ役割を担っています。本を買うことでそんな寄生虫館の応援にもなりますので、是非よろしくお願いいたします。。

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