官民協働に個人情報の壁

当院は、行政や福祉法人などとの協働により、不適正飼養の改善、多頭飼育崩壊の予防に取り組んでいます。

環境省の『人、動物、地域に向き合う多頭飼育対策ガイドライン~社会福祉と動物愛護管理の多機関連携に向けて~(下図)』(以下、多頭飼育ガイドライン)に倣う形になっています。

まさに、官民協働、地域包括ケアの見本のような体制です。

当院に入った情報は必要関係組織と情報共有して対応すべきと考えています。

逆に行政が対応している現場で、ヘルプの声がかかれば喜んで協力します。

言葉にすればこれだけのことですが、まだまだ実現が難しいことが多いと感じています。

多機関連携と情報共有が必要な理由と、実現へのハードルについて説明していきます。

多機関連携の必要性

単純な話ですが、各組織できることとできないことがあるからです。

訪問する介護士やケアマネなどの福祉支援関係者は動物の専門家ではありませんので、動物そのものの対応はできません。福祉現場の動物問題における彼らの最初の役割は、ヘルプの声を挙げること。「動物の専門家さんお力貸して」と。また、普段から飼い主と信頼関係を築いているため、文字情報以上に必要な感覚情報を持ち合わせています。感覚情報は当然飼い主支援に不可欠です。

市町村や都道府県の行政の役割は、法令に基づいた指導助言、場合によっては支援です。

動物担当部署は基本的に適正飼養の指導助言となり、正直いうと、飼い主にとっては煙たい存在になります。ただ、最近は不妊手術の費用を助成するなどの支援体制がある自治体もあります。また、最終手段として飼い主が所有権放棄した際の引き取りも行政の重要な役割です。

動物病院獣医師は、適正管理に必要な獣医療を提供します。行政からの依頼で行うこともあり、まさに行政支援、公益性のある社会貢献といえるでしょう。

動物愛護推進員を代表する動物愛護ボランティアは、動物救護をメインに活動します。その活動内容は個人の得意分野に依存する形になり、保護ができる人もいれば、ミルクボランティアもいるし、里親探しが得意な人もいます。中には飼い主さんの心を掴んで、一緒にいい方向に誘導できる人もいます。

それぞれ得意分野があり、どこも欠かすことのできない組織です。どこかひとつの組織で動物問題解決はできませんし、どこかひとつでも協力体制が欠けると不安定な活動を余儀なくされます。これは後程詳細を挙げます。

情報共有の重要性

それぞれの役割把握

多機関連携には当然情報共有が必要です。

今どういう状況にあるかを関係機関が把握していることで、自分の組織がやるべきことが見えてきます。

また、他組織がそれぞれどのようなことができるかを把握していることで、今の状況を打開するにはここに相談してみようと、活動の道筋が見えます。

情報が入ってきた時、単純に「自分とは無関係」とボーっとしていたらダメなんですよ。

10頭以下だから条例上の多頭飼育に該当しない、苦情も出てないから指導に行く理由もない、じゃないんです。初対面で指導から入るから信頼関係が築けないんです。信頼関係が築けないから指導の効果が表れないんです。

次にしなければならないことを想定して、それを達成しやすいように顔を合わせておくのが、出来る人だと思います。

見守りの目を増やす

情報共有はもうひとつ重要な意味を持ちます。

それは見守りの目を増やすことです。

動物問題は持続可能な支援体制が必須です。

去勢すれば終わりではありません。動物を引き取ったら終わりではありません。放置したら飼い主はまた新しい猫を集めています。

誰かひとりが定期的に訪問して動物の管理状況をある意味監視し、助言し続けるのは負担が大きすぎます。それは持続可能な支援ではありません。

定期的に訪問するケアマネさんや、ケースワーカーさんも毎回猫の情報を全部取ってくるのは厳しいです。

その間に巡回した行政が管理状況を把握できます。

当院もノミ薬を処方するときに変わりがないか話を聞くことができます。

周辺住民も、どのような人がどのような支援をして対応しているかわかっていれば、聞いてる話と違うなら情報を提供してくれるかもしれません。

各組織が状況を把握して目を配っていると、状況が変わった場合に早く気づくことができます。

変化に気づけば、必要な対応が素早く始まります。

(気づいた人もいるかもしれませんが、地域猫と構造が似ています。猫嫌いな人に何をやっているか説明し、理解してもらわなければならないのです。これを個人情報(個人の不利益につながる情報)なんて言ってたら話は進みません。)

個人情報の壁は高いのか

飼い主及びその飼育環境は個人情報に溢れています。

行政が安易に民間に情報を提供してくれることはありません。

逆に、当院が得た情報も相手が行政であろうが勝手に情報を提供することはできません。

ここを勘違いしてる行政マンは多いですが、個人情報保護に気を使っているのは民間も同じです。

なぜか行政だけが個人情報保護法を順守しばければならないと思っている行政マンは多いです。

では、官民協働と個人情報保護法順守は相反することなのか?

いいえ、そんなことはありません。

本人の承認を得ることでこの高そうなハードルを越えることができます。民間企業が他社との共同でサービスを提供するのと同じように、本人に承認を得ればいいだけの話なのです。

信頼関係を築いている介護士さんやケアマネさんが、相談に乗ってくれる獣医さんいるよと当院に助けを求める許可を得ることができれば、当院との協働が叶います。

当院が信頼を勝ち取ることができれば、行政も協力してくれることもあるから協力してもらおうねと、情報提供の許可を得ることもできます。

ところが、こちらから情報を提供して協働を依頼しているのに、異常なまでに個人情報保護を盾に協働を拒む行政があることは非常に残念です。

飼い主の信頼を勝ち取り、「山形から情報提供受けて訪問したから、山形に報告(相談)させてもらうね」という自信すらないのでしょうかね。

協働できないゆえの不安

どこかひとつでも協力体制が欠けると、不安定な支援活動になると先述しました。

保健所が協働しない場合

繰り返しいいますが、基本的に保健所は飼い主にとって煙たい存在になりがちです。頭ではわかりきっている実現の難しい適正飼養の指導を繰り返されることは、非常にストレスが溜まります。

それが保健所の仕事なので、仕方ないといえば仕方ないでしょう。

ただ、恐れていることがあります。

福祉関係者と当院が飼い主の信頼を勝ち取りできることからひとつずつ実施している道中に、保健所が厳しく指導してしまうと、情報を提供した当院、さらには福祉関係者の信頼も同時に落とすことになりかねません。

飼い主から見たら、山形が保健所に「通報」したように感じるからです。

ひいては動物に限らず、飼い主本人の福祉支援もやりづらくなることすら想定されます。

これは想定される最悪のパターンですが、ここまでに至らずとも、飼い主が意固地になってしまっては動物問題解決の難易度が上がってしまいます。

協働とは

そうならないように、民間→行政の情報提供だけでも続けたらいいのでは?と考えることもあります。行政は動かなくていいから把握だけしておいてと。

でもそれは協働とは言えません。単に民間が、ボランティアが、頑張っているだけに過ぎません。

行政しかできないこと、行政の用意している施策は重要なものも多いです。最終局面での引き取りは避けられない場合もあります。

必要な場面になって急に、では行政お願いします、現場来てください。でいいのでしょうか?

その状況になった時で初めて、もしくは久しぶりに行政が現場に来たら、改めて一から確認する作業が必要になりませんか?

すべて民間やボランティアに任せられないでしょう?

だから、普段からの協働が必要なんです。

だから、環境省が多頭飼育ガイドラインを出しているんです。

まとめ

行政への不満のようになってしまいましたが、これはどの組織でも同じようなことが言えると思います。

普段からの情報共有、協働体制が動物問題解決には必須です。

協働に前向きになってくれる組織が増えることを願っています。

関連記事

  1. 日本の動物政策(新版)

  2. 保健所の猫収容~犬との違い~

  3. 自分の首を絞める未来、見えてる?

  4. 引取り拒否の先にあるリスク

  5. 東京都は殺処分ゼロ 正しい認識と課題

  6. 「〇月〇日に殺処分!」は嘘

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PAGE TOP