高知県職員の不正行為

高知テレビが報じた元動物愛護担当職員の懲戒処分事件は、単なる「個人の不正」では片づけられない問題を含んでいます。

https://news.yahoo.co.jp/articles/4bde4565ea310e2ad80daa50b98627e3f2d8b81b

何が起きたのか

高知県の保健所が収容した犬に、悪性腫瘍が見つかりました。その犬を助けたいと思った元職員は、県の制度にない独断の「保護犬委託」を実行。知人のボランティアに犬を預け、治療費をそのボランティアに負担させました。

その際に交わされた”交換条件”がさらに問題を複雑にします。

  • ボランティア側:保護犬を引き受け、治療費を負担する
  • 県側:ボランティアが管理していた犬 1 頭を、ボランティアが指定する民間施設に収容する

ところがこの約束は守られませんでした。ボランティアが指定した施設ではなく、保健所に収容したのです。協力してくれた人の善意を踏みにじる形となり、事件が発覚。県が損害を支払う事態に発展しました。

保健所に収容したことは、当事者にとっては悲しいことですが、この不正行為はもっと大きな問題があります。

怒りポイント①:行政がやるべきことを逸脱している

保健所が収容した動物に対して、悪性腫瘍のような重度の疾患への治療が難しいのは現実です。行政はあくまで「最後のセーフティネット」であり、狂犬病予防法・動物愛護管理法のもとで動いています。これらの法律の目的は個々の動物を救うことを最優先とするものではありません

場合によっては安楽殺も選択しなければならない。それが行政に課せられた業務の実態です。

「犬を助けたい」という気持ちは尊いものです。しかしその気持ちが、制度の外で勝手に動く口実になってはいけない。行政が独断で動物愛護管理法の目的から外れた行為をすることは、どれだけ善意があっても許されません。

怒りポイント②:なぜ他人に治療費を払わせるのか

この事件でもうひとつ見過ごせないのが、「なぜ知人ボランティアに治療費を丸投げしたのか」という点です。

自分が助けたいなら、自分でやるべきです。

保健所から引き取って、自費で動物病院に連れて行けばよかった話です。それをせずにボランティアに預け、費用まで負担させる──これは「善意の行動」ではなく、責任の転嫁です。

「行政が民間に頼る」という構図が当たり前になりすぎると、こういった感覚が生まれてしまいます。自分ではできないことを民間へ押し付け、それに気づかなくなってしまう。今回の事件にはそういう慣れが根っこにあるように思えてなりません。

怒りポイント③:善意で協力したボランティアを裏切った

約束した民間施設ではなく、保健所にボランティアの犬を収容した──これはシンプルに「裏切り」です。

自分のキャパが限界に達していたにもかかわらず、「指定施設に収容してもらえるなら」という条件で協力してくれたボランティア。その誠意を踏みにじる行為は、ボランティアを「下に見ている」からこそできることだと感じます。

民間のボランティアは行政の下請けではありません。対等なパートナーとして尊重されなければ、動物福祉の現場は成り立ちません。

「殺処分ゼロのせい」は言い訳にならない

高知県の担当者は「殺処分ゼロの社会的要請が強い中で何とかしたかった」とコメントしています。しかしこれには疑問が残ります。

高知県は殺処分数ゼロを達成しており、その継続へのプレッシャーが職員に影響を与えていた可能性は否定できません。ただし、今回の不正行為の本質は、個人の感情で制度外の行動をとったことであり、殺処分ゼロ政策そのものとは切り離して考えるべきです。

「社会的要請のせいで仕方なかった」という論理は、個人の不正行為の責任を曖昧にする危険があります。

残る疑問点

なぜ指定施設ではなく保健所に収容したのか

交換条件として「ボランティアが指定する民間施設に収容する」と約束したにもかかわらず、実際には保健所に収容しています。

なぜ約束通りにできなかったのか、その理由は明らかにされていません。

これが単純なミスもしくは仕方がなくこのような結果になったのか、意図的なものだったのか。

正直ここはあまり重要な点ではありませんが、疑問は残ります。

今回が「初めて」だったのか

今回は発覚しましたが、これが初めての行為だったとは考えにくいです。

「民間に頼れば何とかなる」という感覚が根づいていたとすれば、同様のやり取りが慣習的に繰り返されていた可能性があります。表に出ていないだけで、過去にも同様のケースがあっと疑わざるを得ません。

今回の調査が、この職員個人の処分にとどまらず、過去の行為や組織全体の慣行にまで及ぶことを期待します。

他の職員は知っていたのか

収容された犬を独断で外部に持ち出すには、保健所内での記録操作や他の職員の目をかいくぐる必要があります。

「ボランティアに譲渡が決まった」などの形で処理されていたのか、あるいは他の職員も関与していたのか─。

一人でここまでできるものだとは考えにくく、組織的な問題が潜んでいる可能性も否定できません。

一方で、このような不正に反対していた職員もいるはずです。個人的にはそちらの方が心配です。

今回の腫瘍の犬に限らず、過去にも「苦痛からの解放のための安楽死が適切だ」と判断しながらも実行できなかったケースが積み重なっていた可能性があります。そしてその度に、ボランティアへの丸投げという不正でごまかしてきた。

そういった状況に疑問や葛藤を抱えながら働いていた獣医師が、保健所内にいたとしたら──どれほど辛い職場環境だったか。「正しいと思うことができない」「また同じことが繰り返される」そんないたたまれない気持ちを抱え続けていた人がいたかもしれない。そのことも、忘れずにいたいと思います。

官民連携のあるべき姿

今回の事件は、動物愛護の現場における官民連携のあり方について、改めて考えさせてくれます。

連携がうまく機能するためには、まずそれぞれの役割を正しく理解し、逸脱しないことが大前提です。行政は法律と制度の枠内で動く。民間ボランティアは、自らの意志と判断で動く。その境界線が曖昧になったとき、今回のような問題が生まれます。

  • 行政は法律と制度の枠内で動くことが大前提
  • 民間ボランティアへの依頼は、対等な合意のもとで行う
  • 感情で動く前に、制度の中でできることを尽くす

動物を助けたいという思いは、行政も民間も同じはず。だからこそ、お互いの役割を尊重した正しいプロセスと信頼関係がなければ、その思いは歪んだ形で現れてしまいます。

当院でも地域の行政・ボランティアの皆さんと連携しながら活動しています。今回のような事件が繰り返されないよう、業界全体で「あるべき関係性」を問い直していきたいと思います。

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