最近、坂上忍さんReHacQで保護活動について話されていました。
年間1億円規模の赤字。それでも活動を続けている。
「すごい」「尊敬する」——そう感じた人も多いと思います。私も、その気持ちはあります。
でも同時に、少し複雑な感情もありました。
今日は坂上さん個人を批判したいわけではありません。むしろ逆で、坂上さんは本気で「保護活動を健全に継続できる形」を作ろうとしている人だったと思います。
だからこそ、この話はかなり考えさせられました。
そして一つの問いが浮かびます。
動物保護は、善意だけで持続可能なのか?
この問いを、坂上さんの話を入り口に、一緒に考えてみたいと思います。
坂上さんがやっているのは「下流」の活動
坂上さんが取り組んでいるのは、「下流」の活動です(番組内での表現をそのまま使用)。
すでに問題化した現場で、保護する・医療をかける・飼養する・譲渡する活動は本当に重要です。目の前の命を助ける人がいなければ、救われない動物は確実にいる。
だから、この役割自体を否定したいわけでは全くありません。
実際、この役割が日本の殺処分の大幅減に貢献してきました。
ただ、ここには構造的な難しさがあります。
「頑張るほど赤字になる」構造
保護活動には、実は「頑張るほど赤字になる」側面があります。
助ける頭数が増える→医療費が増える→人手が必要になる→長期飼養が増える→さらに固定費が増える。
でも、譲渡数には限界がある。
つまり「もっと救いたい」が、そのまま経営悪化に繋がることがある。
しかも、保護活動は「断る」ことがすごく難しい。助けないと責められる。受け入れ制限をすると叩かれる。だから、どんどん抱え込んでしまう。抱え込みすぎると、最後は崩壊する。
これは坂上さんに限らず、全国の保護団体が直面している問題です。
下流だけでは、社会全体は変わりにくい
どれだけ下流で頑張っても、上流が変わらなければ同じ問題は繰り返されます。
多頭飼育になる前・飼育困難になる前・孤立する前・手放しになる前——この段階での介入が弱いままだと、下流には次々に問題が流れてくる。
これは医療でいうと、救急だけ増やして予防医療が弱い状態に近いかもしれません。
「下流が世論を変えてきた」という側面も無視できない
ただ同時に、保護活動・里親文化の普及こそが「犬猫を保護する」という概念を社会に広めたことも事実です。上流介入の環境整備自体が、下流の活動が社会的地位を確立したことで初めて可能になっている面もある。
下流を批判したいのではなく、「下流の努力が上流の整備へとつながる流れをどう作るか」が問われています。
「世論形成」には怖さもある
保護活動が社会の意識を変えてきたのは確かです。ただ、世論が形成される過程には怖さもあります。
「ペットショップで買うのは悪」という風潮がその代表例です。
劣悪な繁殖や衝動買いへの問題提起は必要です。でも、社会の空気はときに極端になります。すると、適切なブリーダーまで否定される・「保護以外は悪」という圧力になる・飼育希望者が相談しにくくなる・困っても助けを求めにくくなる——といったことも起こりうる。
世論ではなく「制度設計」で解決すべき問題
「ペットショップで買うのは悪」という世論の過激化は、本来は劣悪なブリーダーへの規制強化という政策的問題です。世論に任せるのではなく、ブリーダー登録制度の厳格化・悪質業者の摘発強化・流通の透明化といった制度設計によって解決すべき課題です。
感情的な世論に頼ることで、問題の矛先が誤った方向に向かうリスクがあります。
本当に必要なのは「相談できる社会」
人を責める社会では、問題が深刻化する人ほど「怒られる」「否定される」と思って相談から離れていきます。その結果、一番困るのは動物です。
私が考えるのは、「正しい飼い主を選別する社会」ではなく、「困る前に相談できる社会」です。
完璧じゃなくても相談できる。飼えなくなる前に助けを求められる。福祉と動物支援が繋がる。人を責める前に介入できる——そういう仕組みが必要です。
「手放せる仕組み」も必要
「相談できる社会」とともに、「適切に手放せる仕組み」も重要です。現状、手放すこと自体が「悪」とされる空気があり、それが多頭飼育崩壊や無責任な放棄の深刻化につながっている面もあります。
手放すことが選択肢として存在し、それが動物にとっても次の飼い主にとっても良い結果につながる出口設計——これも上流整備の一部です。
そのために私は、医療福祉現場への獣医師参加という形で取り組んでいます。
医療福祉の現場に獣医師がいることで、飼育困難な状況を早期に察知し、問題が深刻化する前に介入できる。動物の問題は人の問題と切り離せません。
そこが出発点です。
医療福祉現場に限らず、相談できる窓口は様々な形で必要です。
「相談できる社会」の担い手問題
ただ、ここで正直に言わなければならないことがあります。
「相談できる窓口」は理想ですが、誰がその窓口を担い、どう持続させるかという問いは、保護活動の「頑張るほど赤字」問題と構造的に同じです。
善意と情熱だけに依存する限り、どんな仕組みも同じ壁にぶつかります。
公的機関(自治体・福祉・行政)が担い手の一つになること、そのための財源と仕組みを整えることが不可欠です。
まとめ
坂上忍さんの挑戦は、単なる芸能人の保護活動ではなく、「動物保護は、善意だけで持続可能なのか?」というかなり大きな問いを投げかけています。
そしてそこからさらに
- どこにお金を投じるべきなのか
- 保護と予防のバランスをどうするのか
- 世論ではなく制度設計で解決すべき問題とは何か
- 人を責める社会から、相談できる社会へどう変わるのか
- 持続可能な仕組みを誰が担うのか
という話にも繋がります。
目の前の命を救う活動を否定したいわけではありません。
ただ、本当に社会全体を変えたいなら、「下流だけで頑張る」だけでは限界がある。
そこをもっと考えていかなければいけない時期に来ていることは間違いありません。






この記事へのコメントはありません。